電気陰性度はオワコン。チオアミドの水素結合能はなぜアミドより強いのか?(いいねの数だけ論文読む 4/51)
- guan satai
- 2022年3月26日
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酵素や有機分子触媒をはじめ、多種多様な場面において水素結合は用いられています。それらの中で有名な水素結合ドナーはウレアやアミドですが、実はこの硫黄類縁体やセレン類縁体のほうがより強力な水素結合ドナーとなります。これはより極性が強いためですが、ちょっと待ってください。普通、電気陰性度のより大きな酸素を用いた構造のほうがより大きな極性を持つはずであり、その逆になっているのは不思議なことではないでしょうか?
この詳細な説明は実はほとんどなされておらず、実際にそうだから、というレベルで展開されています。この記事で紹介するのはこの現状に一石を投じるものになります。
水素結合の強度が強い理由を実験的に求めるのは容易ではなく、理論計算で求めます。まず、元素を変えることで現実に対応した水素結合の強さの変化を再現できるか確かめました。すると実際に実験で求められたような変化が求められました。水素結合のエネルギーを構成する要素のうち安定化項を各要素ごとに個別に計算すると、静電相互作用が最も大きな安定化項であり、続いてσ軌道が形成されることによる安定化が大きいということが分かりました。前者から予想されるように、各分子における各原子上の電荷を計算したところ、実際にチオアミドやセレノアミドはアミドよりも正に帯電した窒素原子に結合した水素原子を持つことが分かりました。この正に偏ったNH2部位によりLUMO(水素結合が生じるときに電子が流れ込む軌道)が低下し、水素結合が生じることで形成される新たな分子軌道のHOMOはさらに低下することとなります。そのため、水素結合は安定化されることになります。
ではそもそもなぜNH2部位はより正に偏っているのでしょうか?これに説明を与えるため、ホルムアミドをモデル分子として計算が行われました。ホルムアミドのNH2部位とC(=X)H部位の2つに分け、それらが結合するときに形成される分子軌道を考えると、C=Xのπ*軌道のエネルギーはXが重い元素になるほど低下することが明らかになり、そのため、形成される新たな分子軌道はπ*軌道の寄与が大きくなる、すなわち充填されている電子がπ*軌道により流れ込みやすくなることが示唆されました。このことにより、NH2部位から電子が出ていくことで正電荷を帯びることになります。
ここまで説明を受けてもいまいちピンとこない方もいるでしょう。重い元素を使うと当然C=X結合は伸びるわけで、上記の説明が間違っていたとしてもこれだけは間違いはありません。では、仮にすべて同じ長さであった場合、水素結合の強さはどのようになるでしょうか?実は同じ長さであったならば、その長さがC=O、C=S、C=Seどれに合わせても、最も強い水素結合能を示すのはアミドであると予想されました。これは電気陰性度で予想される通りです。つまり、重い元素を用いてC=X結合が伸びることがC=X結合の軌道の様子の違いを生み、結果、NH2部位の電子密度を変化させることが示されました。
以上、半径の大きい元素を用いることでC=X結合が伸び、π*軌道のエネルギー順位が低下し、電子の流入が加速され、事実上NH2部位から電子が奪われることでより大きな正電荷を帯び、静電相互作用などを主要因とする水素結合が強まることが予想されました。ぶっちゃけ実用上はどうでもいいことですが、水素結合を利用する分子や複合体をより理論的に設計する手がかり、根拠の一つとなるでしょう。
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