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尿素・チオ尿素の構造ってホントにそれであってる???(いいねの数だけ論文読む 1/51)

  • 執筆者の写真: guan satai
    guan satai
  • 2022年1月16日
  • 読了時間: 5分

 尿素やチオ尿素はその高い水素結合能のため、非線形光学材料(専門じゃないのでよく知りません)や薬、有機分子触媒など、様々な用途のメインの構造ユニットとして利用されています。我々の体内でも、少なくとも尿素の方は、普通に存在する分子です。しかし、その構造を皆さんちゃんと理解していますか???普通の論文や教科書では一つのコンフォメーションしか見ることはないでしょう。でも、実はいくつものコンフォメーションが存在する可能性があるんですよ、というのを示した論文を今回ご紹介いたします。

 分子のコンフォメーションを調べたいとき、どのように調べるのが一般的でしょうか?もしサンプルがあれば様々な方法がありますが、その一例として単結晶を作ってX線で解析するというのが挙げられます。この手法は、言うなれば分子を直接観測するため、構造決定において最強の手法の一つです。さらに、Cambridge Structural Database(CSD)というデータベースには様々な研究者によって測定されたデータが蓄積されています。また、観測するわけではありませんが、DFT計算をはじめとする計算化学によるエネルギー計算では、様々なコンフォメーションのエネルギー状態を得ることができ、当然計算結果でしかありませんが、実測することの難しいコンフォメーション間のエネルギー差を求めることが可能です。今回紹介する論文ではその二つで尿素とチオ尿素のコンフォメーションの違いを突き詰めていこうというのが主題になります。

 今回、CSDから効率的にデータを収集するため、著者らはpythonによるCSDのAPIを活用し、データマイニング的な手法を以てビフェニルウレア/ビフェニルチオウレアの単結晶構造解析の結果を収集しました。数は違いますが、その似ているはずの2分子の構造の違いが既に現れてました。尿素の方ではフェニル基とC=Oの成す二面角が0°のものが圧倒的に多く、それ以外の物も存在はするものの、無視できる程度である一方で、チオ尿素の方はむしろそのような配座のものは半数以下で、他の配座を取るものの方が多かったのです。すなわち、下図に示された、チオウレアとしてよく見るコンフォメーションは、実際にはそれほど優位性のあるものではなく、異性体の一つでしかないということが明らかとなりました。

 以上の結果から、尿素・チオ尿素は次のような3つの異性体の混合物として存在すると言えます。今回の論文では示されていませんが、一般に回転障壁は15 kcal/mol程度と低く、室温でも十分に異性化してしまうものと言えます。尿素とチオ尿素で異なるのはXにOが入るかSが入るかの違いしかありませんが、SはOよりも原子半径が大きいため、Rに大きな置換基が入る場合、立体障害のために完全な平面構造を取るとむしろポテンシャルエネルギーが高くなり、N-C-Sで本来形成されている共鳴が崩れた非平面構造を取ります。この構造でC-N結合の自由回転を防いでいるのはこの共鳴によってC-N結合が二重結合性を帯びるためであり、それが低下しているのであれば回転障壁は低くなることが十分予想できます。

 では実際どれほどコンフォメーション間にエネルギー差があるのでしょうか?そしてそれはどのような条件でも一定なのでしょうか?残念ながら単結晶から情報を得る手法は、それが固体であるため、例えば溶媒を変えるなどと言った条件変更ができません。一方で計算化学では溶媒をパラメータとして考慮することで、その溶媒中における挙動を予測できます。計算の結果、ガス条件下(溶媒が何もない)では尿素・チオ尿素共にanti-synが最も安定である一方で、クロロホルム、THF、DMSOの3つの溶媒内では、尿素はanti-antiのよくみられる構造が安定であるものの、チオ尿素はクロロホルムではanti-synが最安定、DMSOではanti-antiが最安定、THFではかろうじてanti-antiが最安定であるものの、他のコンフォメーションとの差が0.5 kcal/mol以下でした。一般にはDFT計算では1 kcal/mol以下の差しかない場合は使用する計算方法によって大小関係が逆転する可能性があるため、単純にとらえるのは危険です。しかしながら、全体として、溶媒の極性が高いほど(DMSOは有機溶媒では最強クラスの極性を持つ)、ルイス塩基性が高いほど(THFはルイス塩基性を持つ酸素原子を有する)、antiを取りやすくなると言えます。これは同様の題材の先行研究の結果に沿うものとなります。となると気になるのは実際には各異性体の存在比はどの程度なのかということですが、計算上、チオ尿素はクロロホルムでanti-synとsyn-synが1:1、もっともanti-antiの比率が多いDMSOにおいてもanti-anti:anti-syn:syn-syn=80:5:15であり、結局異性体の混合が避けられません。

 この論文は化学とデータマイニングを組み合わせた好例であり、見落としがちな異性体に対する知見を与えてくれます。簡単な分子であっても簡単ではない。ワクワクしますね!

 

 ちなみにこの論文の著者は、私が以前読んだ尿素ユニットを有し、フッ化物イオンと配位してチオールのα位にあるブロモ基を立体保持でフルオロ基に変換する有機分子触媒を開発しており、その論文では分子内に組み込んだ2つの尿素のうち片方のN-H1つをイソプロピル基に変換して最大3つの水素結合を形成できるものが最も性能がいいというものでした。私はこれを読んだときに「どうやってこんなもの思いついたんだろうな」と思ったのですが、実は今回紹介した論文の端緒として、また別のビスウレア触媒において構造解析を行った際、尿素が一つはanti-anti、もう一つはanti-synであることが分かった、という論文がありました。元々3配位しかしないのなら、適当な置換基を入れておいて最初から3配位に適した形に誘導しておけば高い性能を示すだろうと考えたんじゃないだろうかと今なら思えます。

今回紹介した論文

Luchini, Guilian, et al. “Data-Mining the Diaryl(Thio)Urea Conformational Landscape: Understanding the Contrasting Behavior of Ureas and Thioureas with Quantum Chemistry.” Tetrahedron, vol. 75, no. 6, 2019, pp. 697–702., https://doi.org/10.1016/j.tet.2018.12.033.



 
 
 

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