世界一美しい分子 ー素晴らしきかな分子の結び目ー
- guan satai
- 2021年9月27日
- 読了時間: 4分
更新日:2021年9月29日
世界一美しい分子とは何か?三者三様の様々な答えがあり、別にどれが正解というわけでもなく、三者三様の正解があるはずです。人によってはその素晴らしい機能、生理活性、集合状態などを以て美しいと答えるでしょう。世の中にはベンゼンに萌える人たちもいるとのこと(さすがについていけねぇ笑)。「そう聞いたお前はどうなのか?」と問われると、私は瀬川先生のオールベンゼントレフォイルノットを推します。意訳すると「全部がベンゼン環でできた三つ葉状の結び目」といったところでしょうか?今回はこの分子の紹介をしたいと思います。
皆さんはトポロジーという言葉を聞いたことはあるでしょうか?私も別に詳しくないのでぼろが出る前に説明を切り上げたいのですが、ともかく、トポロジーとは物の形を研究する数学の一分野のことであり、「どのように変形させても同じ形にできない」形を区別する分野だそうです。なんだかキラル化合物に似ていますね。その枠組みで結び目を考えてみましょう。例えば正円からはどのように曲げたところで三つ葉状の結び目を作ることはできません。どうしてもどこかで切断しなければなりません。このように、単に結び目と言ってもいくつかのパターンに分けられます。これを探求するのがトポロジーなのです。
図1 トポロジー的に閉じた紐(引用:リンク先HP)
これと化学に何の関係があるのか?と思った人もいるでしょう。化学は様々な構造を持つ分子が合成できますから、図1の結び目も実際に合成できてしまいます。実際にトレフォイルノットはカテナンの親戚としていくつか合成例があります。しかし、従来はその構造を達成するために主鎖にいろいろ修飾する必要がありました。たとえばCuイオンへの配位を鋳型として構造を固定化する方法や、アミノ酸誘導体から合成するものがあります。どれも素晴らしいですが、やっぱり構成単位はすっきり綺麗にしておきたいですよね!?できることなら簡単な置換基に統一しておきたいですよね!?じゃあ全部ベンゼンで作っちゃいましょう!
とはいえそれは簡単なことではありません。カテナンを作る最初の方法は、単純にわっかを作る反応で、たまたま噛み合ってくれるのを待つことでした。こんなもの収率が高いはずもなく、様々な改良法が考案されました。今回用いられた反応は、C-Br結合をC-Si結合に変換する反応です。この反応では4つのC-Si結合が形成されるため、二本の"紐"を固定することができます。これを鋳型として望みの構造となるようカップリングさせます。しかしながら、さすがに収率は低く、たった0.3%しかありません。もし私が明日やった実験で収率0.3%だったら泣く自信があります。さて、結果として得られたのは次のような結び目です。見事に全部p位でつながったベンゼンの紐です。

さて、このトレフォイルノットですが、当然異性体が存在します。いわゆる位相異性体と呼ばれるもので、やはり同じ確率で生じるようです。CDスペクトルも綺麗に上下逆になります。もっとも驚くべきなのはNMRでしょうか。なんとこの分子、NMRでピークが1本しかありません。すなわち、結び目内で素早く回転しており、すべての水素原子が等価であると言えるのです。これは-95℃まで冷却しても観測され、その素早い回転っぷりが想像されます。
すべてベンゼンだけで構成されているどころか、すべての原子が等価であるこの化合物こそ、私が考える世界で最も美しい分子です。願わくば、他の結び目も合成してほしいですね。本誌にはここには掲載していない美麗なイラストが満載ですので、ぜひ読んでみてください。
参考、引用:SCIENCE•19 Jul 2019•Vol 365, Issue 6450•pp. 272-276•DOI: 10.1126/science.aav5021
ところで、この開発者である瀬川先生はまだお若い日本人の先生で、現在分子科学研究所に在籍しておられます。大学院生を大募集しているとのことですので、興味のある方はぜひコンタクトを取ってみてはどうでしょうか?私もお会いしましたが非常に気さくな方です。(結局受けなかったので罪滅ぼしとして宣伝をば)
tayo 「パズルのように分子をつくる」【構造有機化学】分子科学研究所 瀬川グループ(https://tayo.jp/recruitments/student/35)
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