Diels-Alder反応を進行させるナノスケールの籠(いいねの数だけ論文読む 5/51)
- guan satai
- 2022年4月18日
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Diels-Alder反応は教科書に載っているような典型的な反応ではありますが、一般にゴミが出ず、立体選択性に優れ、様々な分子に見られる有用な骨格を形成できるという意味で非常に重要な反応であると言えます。この反応を効率的に進行させる触媒の開発は古くからおこなわれています。一方、自然界にもDiels-Alder反応を進行させる酵素が存在し、これを凌駕する触媒が目指されています。酵素を凌駕するために、まず簡単なアプローチは酵素をまねることです。酵素は水素結合を利用するので、じゃあ酵素以上の性能を出すために水素結合を利用できるんじゃないのか?そして酵素にない要素を一振りしてあげればひょっとしてすごい性能がでるんじゃないでしょうか?
超分子化学の世界ではホストーゲストの関係を利用します。このホスト側がゲスト側をとらえる駆動力は様々ありますが、水素結合を利用しているものも多いです。この水素結合はジエノフィルを活性化させるために利用できるため、反応を触媒することができます。このホストを籠状にすることでDiels-Alder反応特有の立体選択性を保ちつつ、籠に収まらない分子を排除することで高い基質選択性を期待できます。
具体的な構造に移りましょう。今回開発された分子はPd2L4の形式の分子で、配位子が側面、Pdが蓋をする役割をします。今回は特段水素結合をする置換基は用意されていませんが、電子不足のC-Hがジエノフィルと水素結合を形成します。

上記の分子がX=CHのとき、反応は触媒を入れない時と同程度でしか反応しませんでした。これは錯体から勝手に外れていったPdでさえ反応を進行させることはないことを示します。次にX=Nとしたとき、その活性は大幅に向上しました。この理由として、計算上でXのC-H結合が邪魔になり、ジエノフィルとジエンが重なる活性化状態のエネルギーが十分に低下しないことが予測されています。余談ですがこの計算にモデルとして用いられたシクロペンタジエンは生成物の立体構造と活性化状態の立体構造がかなり近いとされています。しかし、実はこの触媒ではこの反応は生成物と触媒の相性が良すぎて、生成物が籠の中に引きこもって全然出てこなくなるため、モデルとして用意したはいいものの、この触媒の本領発揮とはいかないそうです(ほんとか?他の反応例も似たような結果ばっかだぞ?)まあ、この触媒では活性化状態を、似た構造をとっていれば生成物が触媒から出てこなくなるほど安定化するということですね。
この触媒の真価は非対称ジエンを用いたDiels-Alder反応の位置選択性と基質選択性です。二次軌道相互作用によって立体選択性をもともと持つとはいえ、例えば2-methyl-1,3-butadieneを2-chloro-1,4-benzoquinoneと反応させた場合methyl基とchloro基の位置関係はどうなるでしょうか?触媒がない場合、syn型とanti型を取るものはほぼ1:1です。しかし、今回の触媒を用いた場合、anti型の収率がはるかに向上します。また、1,4-benzoquinoneと2,4-pentadiene、9,10-dimethylanthracene(ジエンではないが同様の反応性を示す)の3成分を混ぜるとどうなるでしょうか?この9,10-dimethylanthraceneは反応性が高く、1,4-benzoquinoneとほぼ選択的に反応します。しかし、この触媒を通せば9:1の割合で2,4-pentadieneが反応します。これは9,10-dimethylanthraceneが触媒の籠に入らず、その中に入ったジエノフィルと反応できないからです。1割は触媒の外で反応したものでしょうか?さらに4成分を入れた反応系でもかなりの選択性を示します。これは強い。
また、活性化エネルギーを低下させる幅も大きいです。後者の値はほとんどdiels-alderaseと同じ、最初期に作られた有機分子触媒であるtrifluoromethylaryl thioureaより圧倒的に上です。酵素を超えるという点ではまだ、というとことろですが、悪くはないんじゃないでしょうか?
以上、diels-alderaseに学んだ超分子化学的な触媒の話でした。籠状の分子はどちらかというと理学的なイメージがありますが、今回の触媒のように実用的なものも出てきました。よく言われることではありますが、基礎研究って大切ですね。
Vicente Martí-Centelles, Andrew L. Lawrence, and Paul J. Lusby, J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 2862−2868
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