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BIOMOD2020 Team E 解説

  • 執筆者の写真: guan satai
    guan satai
  • 2021年2月3日
  • 読了時間: 5分

 例年であれば図書館でレポート製作に熱中していたところだが、今年はコロナ禍でできなかった。代わりに前期に熱中したのは「BIOMOD」だ。BIOMODとはDNAオリガミなど、DNAを用いた構造体を作成する技術でもって何かを成し遂げようという学生大会である。今回のBIOMODでは実験はできないので代わりにアイディア大会とそれを遂行するための技術・理論を提示すればよいというものであったので、従来BIOMODに参加しなかった理科大の学生である私も参加できたのだ。

 さて、私が所属したTeam Eでは、DNAオリガミと修飾糖鎖を用いた新しい抗インフルエンザ薬を提案した。他のチームはほとんど時流に乗って新型コロナウイルス関連をテーマとしていたが、特段それにこだわることもなかったので(レギュレーション的にもok)、資料が多く出揃っているインフルエンザに注目したのである。

 ここで、インフルエンザの恐ろしさを示さなければならないだろう。読者諸兄の中でこれまでインフルエンザに罹ったことの無い人はいるだろうか?おそらくいないだろう。インフルエンザはそれほどまでに感染力の強いウイルスであり、感染者数だけで言えば新型コロナウイルスに劣らない、非常に凶悪なウイルスであると言える。しかし、同時に致死率は低いので軽視されがちである。もし感染力はそのままに、従来の薬に耐性を持っていたり、あるいは致死率が大幅に上昇した新型インフルエンザウイルスが登場したらどうなるだろうか?

 

 そこで私たちは従来の抗インフルエンザ薬の薬理作用とは全く異なる作用をする新型の治療薬を考案した。つまり、従来のインフルエンザウイルスは宿主細胞内で増殖して出ていくときに働くノイラミニターゼ(NA)に作用するが、もう一つの選択肢である、宿主細胞にとりつくときに働くノイラミニターゼ(HA)に作用する薬を開発しようという取り組みである。(c科の人間は有機天然物でこの辺りの話が登場するので自分で調べておくように)

 ここで重要になるのが細胞表面にあるシアル酸である。このシアル酸はHAと結合し、インフルエンザウイルスを細胞内へ誘導する役割を担ってしまう。しかし、シアル酸を持つのであれば細胞表面でなくてもHAは結合するので阻害剤として研究されている(1,2,3)。このことを応用してシアル酸を大量に持つ基盤上でインフルエンザウイルスを吸着するという素案が生まれた。


 さて、ただ単に広い面積を持つ基盤にシアル酸を生やしただけでは劣化版細胞膜である。これに工夫を加えていかなければならない。

 まず最初に、ウイルス感染後、シアル酸はNAによって分解されてしまうので、これを何とかしなければならない。そのままだとせっかくウイルスを吸着したとしてもNAが働いてすぐに脱着してしまう。この解決のために、シアル酸の化学式を少し工夫してやる必要がある。つまり、シアル酸がNAによって分解されるときに認識される酸素原子を硫黄原子に変更することである。これによって分解速度は格段に低下する(4,5)。よってNAとの作用は吸着等温式や酵素と基質の結合のような単純な形式に変換されるのだ。

 さらに、シアル酸をどのように生やすかということを考えなければいけない。HA上にはシアル酸を認識して結合する場所が3か所ある。よってこの三か所に同時に作用できるように設計したならば高い性能を期待できる。化学系の人にはEDTAやクラウンエーテルがなぜ金属イオンと良く結合するのかということを思い出してほしいのだが、つまるところ、仮に一か所結合が切れたとしても、他の箇所が結合していれば分離はされないというところである。さらに都合のよいことに、その結合箇所の配置はおよそ正三角形であり、また、シアル酸同士の最適な間隔が52 Åと判明している(6)ことから、基盤の設計の方針も立った。

 さらに基盤の全体的な形も工夫することができる。例えばボールを運ぶために木の板を二枚渡されたとして、そのボールに触れることなく運ぶためには木の板をどのように使えばいいだろうか?何が最適解かは知らないが、恐らく多くの人はボールを挟むか、あるいは手で水を救うようにボールの下で逆ハの字を作るのではないだろうか?このように、挟むという動作が再現できれば、ウイルスに結合しうるシアル酸の数も増えるはずである。


 以上の要素を私が提案すると、東北大学のH君が次のような設計図を持ってきてくれた。私はDNAオリガミもDNAタイルも詳しくないので語らないが、シアル酸の間隔はこのような等辺を5.9 nm、底辺を5.0 nmとする二等辺三角形が要求される形に最も近くなるという。最高効率ではないかもしれないが、十分働いてくれることだろう。

 また、硫黄に置換したシアル酸の合成方法は次に示される通りである。ぶっちゃけ1週間以上かかるので個人的にはやりたくない。詳しい反応条件はHPを参照してほしい。

 最後にこの薬の作用を単純な反応速度論で解釈して、どれほどの割合で吸着するのかという計算を行った。今振り返るといろいろ突っ込まなければならない部分は多いが、それを補正するアイディアはないので、これも興味のある方はHPで眺めて意見をいただければ幸いである。

 以上が私が前期に熱中していたものである。実験はしていないので、これが本当にうまくいくかどうかは不明だが、理論的には(既存の物に比べて性能が劣るかもしれないものの)薬として働くはずである。HPにはより詳細な解説が書かれているので、興味のある人は英文ではあるものの読んでみてほしい。いつの日か、誰かの参考になれば至上の喜びである。

 個人的には誰かもう一人化学系の人がチームにいたならば、私の欠けた部分を補ってくれただろうに、とも思うが、他の人に適切な指示を出さず、自分だけでやろうとしてしまうのは私の昔からの悪い癖であり、改めて認識できる良い機会であった。


1)Hiroshi Kamitakahara, Takashi Suzuki, Noriko Nishigori, Yasuo Suzuki, Osamu Kanie, and Chi-Huey Wong, Angew. Chem. Int. Ed. 1998, 37, No. 11

2)鈴木康夫, 総合工学 第 26 巻(2014) 8 頁-15 頁

3)Miyuki Yamabe, Kunihiro Kaihatsu, and Yasuhito Ebara, Bioconjugate Chem. 2018, 29, 1490−1494

4)Hou-Wen Cheng, Hsiao-Wen Wang, Tsung-Yun Wong, Hsien-Wei Yeh, Yi-Chun Chen, Der-Zen Liu, Pi-Hui Liang, Bioorganic & Medicinal Chemistry 26 (2018) 2262–2270.

5)Yasuo Suzuki, Katsuhiko Sato, Makoto Kiso, Akira Hasegawa, Glycoconjugate J (1990) 7:349-356.

6)Victor Bandlow, Susanne Liese, Daniel Lauster, Kai Ludwig, Roland R. Netz, Andreas Herrmann, Oliver Seitz, J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 45, 16389–16397.

 
 
 

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